海の史劇

日本の分岐点と言われる日露戦争から一世紀。日本海海戦の全貌だけをみると日本史上に残る快勝だったことは疑いない。しかし本書で描かれるロシア第二太平洋艦隊(バルチック艦隊)の長征の困難な現実、戦後の破談寸前の和平交渉を併せて見直すと、いかに日本にとって勝利の実相が厳しいことであったのかを考えずにはいられない。また、ロシア側の艦隊が決して順調に戦場に至ったわけでもなく(例を挙げれば、バルチック艦隊が移動の途上、友好国であり中立を宣言したフランス領の港で冷遇されざれるを得なかった。)、日本が中国での対ロ戦に多大な犠牲を出しながら決し長期にわたって戦線を維持できなかった等々、当時の世界情勢とも密接に絡み合った歴史のダイナミズムも同時に感じる。(歴史にもしもはないが、戦争がロシアの帝政の末期でなく盛期に起こっていたなら、もしロシア艦隊が追っていた後続部隊の到着を待って決戦に望んでいたなら、日本の203高地占領への政略転換がなければ、満州軍総参謀長児玉源太郎、講和会議全権小村寿太郎がその任になく適切な判断、行動がなければ、、などなど歴史の不思議さもそこには加味される気がする。)
そして、著者があとがきでいみじくも述べている

ロシア艦隊は約七ヶ月間を要して本国から日本近海まで達したが、その背景にはロシア革命が控え、それを迎え撃った日本艦隊の背後にも新興国日本の民衆があった。そして、講和条約締結後に起った日本国内の民衆運動は、日本人が戦争と平和について未成熟な意識しかもたぬ集団であることをしめし、その意識が改善されぬままに後の歴史を形作っていったように思う。

という部分には日露戦争を考える上で絶対に外せない視座を与えてくれる。

追記:「坂の上の雲」を読んだ時にも感じた歴史の「雰囲気」を感じるのはなぜだろう。

海の史劇 (新潮文庫)

海の史劇 (新潮文庫)